慢性疼痛と呼吸 ─横隔膜呼吸について─
正常な安静呼吸では吸気時に横隔膜、傍胸骨肋間筋群、斜角筋群の周期的な活動がみられ、肺と胸壁への弾性収縮力によって他動的に呼気が起こります。息を吸う(胸腔を広げる)ためには、肋骨を開き広げるか横隔膜を収縮させることが必要です。特に横隔膜は収縮させると、胸腔が変形し腹部が前方へ突き出ます。これが腹筋群をはじめとする全身の筋肉の弛緩を促します。また、横隔膜は体性神経と自律神経の二重支配を受けています。これは自動的に動きながら、かつ意思の力の支配も受けることを意味します。横隔膜の下面は胃、腸、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓に接しており、上面は心臓と肺に接しています。このように横隔膜は、意識的に収縮することによって最重要臓器を直接マッサージできる位置にある筋肉であることから、様々な健康法等に結びついています。
物理的ストレス(体力低下による抗重力筋弱化・荷重関節機能障害)による交感神経機能が優位な環境に至る慢性疼痛疾患は、交感神経活動異常による安静時筋緊張が亢進するとともに、呼吸は浅くかつ速くなり吸気が強調され換気効率低下に至る可能性があります。また、横隔膜は収縮することによって骨盤底筋の活動が調節されることが知られています。これは、横隔膜の収縮不全が生じると IAP(腹腔内圧)が低下することと関連し、その結果腰 椎骨盤安定性が阻害され腰部自体の疼痛や上肢、肩関節にまで悪影響を来たす原因となってしまうことが考えられます。また、慢性痛の代表でもある腰痛を患っている患者では特に腹斜筋群の過活動が生じており、吸気における胸郭の挙上と胸腰椎の伸展の可動性に制限を来たし、さらには腹横筋のコントロールも不良となっていることが最近の研究で報告されています。
以上のことから、慢性痛患者に対して呼吸トレーニングを行う際は横隔膜呼吸を重点的に行うことが必要と考えられます。まずは横隔膜呼吸を確立し、腹斜筋群の活動を抑制させ、胸郭の可動性を確保させることで、腹横筋の収縮を促すことができれば、全身のリラクセーションが促され、最終的に慢性痛における交感神経活動異常の抑制や腰痛の予防にもつながるのではないかと考えられます。そこで最後に横隔膜呼吸の方法を紹介したいと思います。
●横隔膜呼吸の方法●
- まず、5秒間で空気を胸一杯に吸い込みます。
- 次に、息を5秒間止めます。
ここが慣れるまでは最も難しいところであり、最も大切な時間です。息を止める際に力んでしまうようであれば、あまり力まずに、一瞬 だけ止めるように行ってください。また、この時に肛門を締めます。 - 最後に、10秒かけて鼻からゆっくり吐いていきます。
肛門を締めながら下腹部を膨らましていくように息を吐きます。イメージとしては排便の際に力むような感じです。この時、腹部が 膨らんでいることを確認してください。
~全体的なポイント~
高齢者や呼吸器疾患を仰せ持つ慢性疼痛患者は、胸郭の硬さ(拘縮)によって深吸気がうまく行えない場合があります。その結果、吸気・呼気の時間を気にするがあまり、背部周囲の筋緊張(胸式呼吸様)を助長してしまう場合があります。このようなケースの場合は、時間を気にせず腹式を意識していただくよう指導してください。